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Vol.9
晴天に浮かれた翌日、猛烈な風雪の下山が待っていた。
森吉山 もりよしざん1454.2m 秋田県森吉町
昨年は6月と7月の森吉山に登った。クマゲラの森でアカショービンの音楽的な声を耳にし、湿原でたくさんの花々と出会い、森吉山の生命感あふれる情景が心に焼きついている。
冬の森吉山は、文字通り別世界の山だ。雪という白い絵の具に厚く塗りつぶされて、いっそうたおやかな姿になる。樹氷と雪原に輝く、大げさに言えばこの世のものとは思えぬ清冽な世界が現出する。
だが、そのたおやかな姿の担い手こそ、季節風による厳しい吹雪。頂上付近の植生や積雪風景を見れば、明暗の激しさに想像がつくだろう。顔に叩き付ける風を避けながら平原を歩くうち、いつしか恐ろしいリングワンデルングの罠にはまってしまうのだ。
秋田は五城目町に住むT君、東京出身仙台在住のS君、二人の仲間と一緒に久しぶりのスキー登山である。今回は2日しかとれないので、お手軽な阿仁スキー場から入ることになった。
朝5時には出たものの、田沢湖畔を半周してスキー場で合流したのは、10時半近くになっていた。途中、秋田駒の冬姿がすっきりと仰がれたので、この分では今日一日大丈夫かも、と胸がおどる。
ゴンドラに身をまかせれば、あっという間に1370m地点だ。俯瞰したスキー場は狭小で、あまり快適そうには見えなかった。どう見ても森吉の原生林を失うに値しないスキー場だね、西武(コクド)も罪なことをしたもんだ、などと利用させてもらいながらの勝手な会話。スキーヤーの数はかなり少なかった。
歩き出しから、山頂方面まで見渡せる素晴らしい天気だ。シールを効かせてゆっくり登ると、まもなく1308mの小ピーク。北へ300mも行けば森吉神社となるのに、行く気になれない。晴れているうちに山頂周辺から滑ってみたいため、三人とも気もそぞろなのだ。
避難小屋に行き着いた。明日の雲行きが怪しいと見て、今夜はここに泊まることにする。冬用入り口は西側に位置し、煙突状にはしごを登った二階にあったが、すっかり雪に埋まっていた。
重い荷物を小屋に置いて、残り少ない時間を山頂付近の徘徊に出かける。広大な頂上斜面をただならぬ数の樹氷が埋め尽くしている。S君がさかんに、素晴らしい!を連発する。下界では少し気難しいところがある半導体関連の研究者も、ここでは明るく少年のように振る舞う。山は人間の属性をとりはらった「人」にしてくれるらしい。山人平方面の大斜面に滑り込んだり、北面の樹氷の間を縫ったりしてしばらく遊んだ。そうするうち薄い巻層雲がどんどん厚みを増し、やがて大きな縞模様の高層雲へと変化してきた。大荒れの前兆だった。
小屋の中に天幕を張って、寒さを防ぐ。窓も雪に覆われているので、風も感じないかわりに暗い。ロウソクのもと、T君のレパートリーであるキムチ鍋をつついて、あとは酒。先を考えず、今をうかうかと過ごすのは、心地よい。
翌朝は、小屋から出るのもためらう暴風雪であった。予定は小屋から南へ伸びる尾根を滑降、松倉沢の林道に出てからスキー場に登り返すこと。尾根への降り口を探す少しの間、緊張を強いられる。凍り付く頬骨をかばいながら、ホワイトアウトの中、磁石をチェックしつつ進む。足下の雪面が割れ、ヒャッする。あらゆる目標物が消えるなかを、スピード感覚を失いながら滑る。空間識失調となって宇宙酔い状態を味わう。白昼夢の中を、孤独に浮遊するのだった。(2005年2月)
リングワンデルング:視界がなく、同じ場所をぐるぐると回ってしまうこと。
ホワイトアウト:吹雪で雪面と空の区別がつかなくなること。
空間識失調:何も見えない中で身体の上下感覚やスピード感を失うこと。
*アクセス
仙台宮城IC〜盛岡IC〜46号線〜105号線〜森吉山阿仁スキー場
* 参考コースタイム 積雪期なので、一概には言えません。天候とパーティーの足並みによります。
* 2万5千図 森吉山・太平湖
* アドバイス 一般コースではありませんので、問い合わせなどを含めて各自の判断によります。
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