深野稔生の山遊び十二カ月

SlowTrek山便り
 

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Vol.7
朝、窓を叩く通訳ビレンドラの声で目を覚ました。
アンナプルナ・サウスが 窓いっぱいに輝いていた。

ヒマラヤ・アンナプルナ方面トレッキング (ネパール)

 

 久しぶりに、ヒマラヤへ飛んだ。若い頃、6000m峰に何度か立った経験はあるが、今回は18名を率いての初のトレッキング。旅の手配や同行は山仲間の佐野優子さんがいるので大変心強い。彼女は、一番町の中央市場に「スアラ・バグース」というアジア雑貨の店を持っており、年数回ネパールへ買い付けに行く。人脈も豊富で、ネパール語はもちろん当地の事情にも明るい。

 カトマンズの喧噪と混沌、世界の屋根と言われる巨峰との再会を思うと、大勢の人と行く煩わしさはどこへやら、素晴らしい旅のイメージが独りでにふくらんでくるのであった。

 それでも旅の災難除けにと、むかし手に入れた、チベットの「Zee Beads」をひそかに身に付けた。知る人ぞ知る貴重なマジカルストーンで、近年大変高価になっているらしく、コピーも多い。

 タイ航空でバンコクへ。翌日カトマンズへ飛び、翌々日ポカラへ入った。ネパールは大陸型の気候で今は乾季、毎日が晴天のはずだった。ところがホテルについたとたん、私たちはスコールと雹の洗礼に見舞われた。市内のどこからでも見えるあのマチャプチャレは、どこに姿を隠したのだろう。その日は山岳博物館見学や、ショッピング街のそぞろ歩きを楽しむことにした。

 4日目、いよいよトレッキング開始である。まずチャーターバスでナヤプール村へ向かう。と、街を抜ける途中、雲間はるか高いところに、突然白い峰が姿を現した。バスの中が騒然となった。はじめから見えるよりも、不意打ち的な見え方はかなり感動的なのだ。

 ナヤプールでバスを降りれば、あとは車とお別れ。ビレタンティ、ヒレといった村々をビスタリ、ビスタリ歩く。大きな谷沿いの道に家が接しており、機織りや脱穀など村人の生活ぶりに触れることができて楽しい。時々ドンキーの隊商とすれ違うので、山側を選んで身を寄せないと危ない。バッティで休みをとりながら進む。(ティルケドンガ村泊)

 ウレリ村の子供たちが、急な自然石の階段を身軽に駆け下りていった。ビーチサンダル様の履物ながら、私が日頃提言する歩き方の基本そのもので、巧みさに心から感心した。欧米のトレッカーは、ダブルストックに身を固めたあおり歩行で、へたくそだった。あきらかに歩行能力の退化である。(ゴラパニ村泊)

 早朝、3200mのプーンヒルを目指す。宿泊高度が2850mだったので、高差はさほどでないが、みんなにはこたえたらしい。それ以降体調を崩す人が多くなった。頂上は雲が多く、ダウラギリの上部は隠れていた。15mもの巨大なラリグラスの温帯雨林を抜けて、長い下山の途についた。ゆっくり歩いたので、満月を仰ぎながらのロッジ入りとなった。(ガンドルン村泊)

 7日目の朝、窓の外に、アンナプルナが赤く染まっていた。この日は下るにつれて南方的な風景に変わり、美しい段々畑に息をのむ。空気が濃くなってくるのを感じた。ナヤプールそしてポカラへ。(ポカラ泊)

 カトマンドズは、いつものように砂埃と人と車でごったがえしていた。店からあふれた商品が路上にせり出し、目が合うたびに男が声をかけてきた。迷路の街は、遠い中世都市のテーマパークに思え、目眩さえ覚えるのだった。(2004年12月)

* 時差3時間15分 カトマンズ標高約1300m ポカラ標高約800m 

* 緯度は沖縄とほぼ同じ、北緯二八度前後 ネパール王国は、六十以上の民族、七十以上の言語を持つ多民族国家。仏教やヒンズー教など異なる宗教が融和し、日本の仏教のルーツともなっている。

* カトマンズ盆地全体が、ユネスコ世界遺産の登録地。

* 旅メモ:10泊11日(11月下旬〜12月初旬)
20名+現地ガイド・通訳・ポーターなど16名
仙台〜東京・成田(タイ航空)バンコク(タイ航空)ネパール

※ドンキー…ロバ  ※ビスタリ…ネパール語でゆっくりの意。※バッティ…茶屋 ※ラリグラス…しゃくなげの一種。赤く大きな花はネパールの国花。


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