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Vol.33
凍った斜面を登りつめ、
頂上から向こう側の斜面に滑り込んだ。
雁戸山スキー登山 がんどさん1484.4m 宮城県川崎町・山形市
久しぶりに雁戸山へ登ろうということになった。笹谷集落から西へ入った古道の尾根を伝い、八丁平にある山小屋に泊まるという計画だ。管理主の山形工業高山岳部には、あらかじめ電話で了解をもらっておいた。
笹谷峠への旧道は除雪がないので、車のそばからシールスキーを履く。だが数日前の低気圧でもたらされた雪なのだろう、ストックがカリカリと舗装面に突き当たる。今年の少雪ぶりを物語っている。
旧道の取り付きは、杉林の中にあった。込んだ枝の下をくぐり、ほぼ忠実に電光型の夏道をたどる。急登を終えやっと尾根の上に出たので、太いトチノキのそばで休んだ。そこは「下栃」のようで、この先にある「上栃」と同じく昔からの目印らしい。
一ヵ所、雪庇をスキーで切り崩して登る場面もあったが、おおむね穏やかな登りが続く。標高800mあたり、尾根がくびれたところに「吹き越し」の標識が頭を出していた。季節風が激しく越えて行く地形には、よく見かける地名だ。
雁戸山から伸びた扇状の広い尾根を横切るところで、再び「一本立てましょう!」(注)と声がかかる。ザックに腰を下ろしほっとすると、霧氷のうつろいゆく美しさに目を奪われる。ガラス細工のように輝き、心なしかピンクの光をはらんでさえいるではないか。春の嵐手作りの工芸品? 「神の工を尽くす」とはまさにこのこと、ひと足早いお花見の幸せを味わった。
「仙住寺跡」を経て谷を渡ったあたりから、北方に仙台神室の連峰が懐かしく広がった。むかし神室岳に凝っていた時期があり、夏はもちろん冬の尾根・谷と、重箱の隅をつつくように登っていたものだ。東稜の冬季単独行なども、意気がってやった。誰も登っていない南東壁の夏季登攀で仕上げをし、83年に小著をものした。
小屋を探し当てたあと、まだ時間があるので偵察に出る。高差で450mほど登ってカケスヶ峰に立つと、明日登る山が、収まりの言い構図で屹立していた。雁戸山は、どこから見ても名山の風格を持つ山だ。
小屋は一部屋の単純なつくりで、入り口の土間にダルマストーブがある。つい焚きすぎてしまうほど高性能のストーブだ。男三人の貸し切り、ごろりと横になって酒を飲むもよし、いつまでクダを巻いてもよしと、極楽の夜は更けていった…。
翌朝は案の定、視界のない出発となった。でも昨日のトレースがあるので、効率が良い。1393Pを越え、いったん下ってからいよいよ急登に取りつく。ここからはさすがにスキーは使えず、腰まではまる雪にてこずりながら、這い上がるしかない。
「アカドウ」のピークを過ぎてから、やっとスキーを履いた。と、登るうち氷結した急斜面を被う薄い雪がはがれて、エッジがまったく効かなくなった。どうにもならなくなってから、危ない態勢でアイゼンに履き替える羽目に。判断の甘さを大いに反省させられた。スキーを流したり、スリップしたらどうなっていただろう…。
頂上には、すでに日帰りで反対側から登ってきた仲間たちが待っており、雪つぶての歓迎を受けてしまった。僕らは最後の50mでもたつき、彼らに先陣の栄をしてやられたのだった。西の空では月山と鳥海山が、不気味なほど雲表に白く浮き上がっていた。
頂上から北東面に開けた凍結のない斜面を、思い思いに滑降すれば、あっけなく山行のクライマックスは終わり。三十数年前に単独、登山靴で滑った秘境もデジャヴ(D?j? vu)などはもはやなく、あるのは明るい季節の山日和だけだった。(07年2月中旬)
* アクセス:仙台〜川崎町笹谷〜旧道
* 参考コースタイム:積雪期なので参考にはなりません。
* 2万5千図:笹谷峠・今宿
* アドバイス:頂上直下の登り下りとも、凍る場合があります。
(注)一本たてる:重荷を運ぶボッカが、背負子の底部に荷棒を当てて支えにして休んだことから、休憩を意味する語として使われる。
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