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Vol.32
雪のドームは、真っ白いガスに包まれた。
方向も傾斜も感知不能、不気味な空中浮遊だった。
山形県西川町 月山・姥ヶ岳1669.7m
あきれるほどの暖冬だ。記録的に雪の多かった昨シーズンとは対照的で、このままでは半世紀で最も雪が少ない年になるだろう。半端なボサの山肌を、うらめしさと焦りで想像する毎日である。
原因は9月ころからの「エルニーニョ現象」らしい。日本のはるか南海上には、真夏の高気圧が生まれているのだ。それもこれもCO2増加という温暖化の影響か。憂うつになるが、どうしようもない。京都ではタンポポが咲き、岩手県雫石町では「雪まつり」の雪がない、との報道があった。
豊富な雪を求めて、月山のふところに行ってみた。日帰りでも手前の姥ヶ岳あたりなら雪遊びはできるはず。なにしろ月山スキー場は、よそが終わる4月半ばにオープンするほどの豪雪地帯だ。少雪に困ることはない。
運転担当のA君も暖冬で気が緩んでいるのか、高速道に入らず48号線をたらたらと走った。天気や時間のせいにして往復すればいいと思うと、どうしてもテンションが低くなるらしい。
月山湖から北へ、六十里越街道に入る。除雪の壁が低く、やはり雪が少なく感じる。「あと10日もすれば2月なのに…」
「2月も引きつづき、気温が高い見通しだそうです」
会話もさっぱり盛り上がらないまま、弓張平の平坦な白い景色のなかを進んだ。
まもなく志津集落に着き、除雪車の操車スペースに車を置く。小雪が飛んでくる程度の風で、やはりあまり寒くない。スキーを下ろし、のんびりシールをつける。
北へ1キロほどラッセル、石跳川の手前で六十里越と別れて姥沢方面へ向かう。ここまで来れば、ブナ以外すっかり雪に埋まった世界になる。息づかいも雪に吸収されてしまいそうに静かな森だ。やや重いラッセルを、交代で繰り返す。
だいぶ前、湯殿山へ同じような時期に入ったことがあった。そのときは、すだれのような密度で雪が降り続いていた。ちょっとした谷にはまると腰まで埋まって身動きがとれないほど、おそろしく雪が深かった。
姥沢への車道からずっと離れた石跳川の左岸は、太く立派なブナ原生林が気持ちよく広がっていた。しばらく登り、最後の急斜面を100メートルほどしのぐと、姥沢の凍りついた建物群が見えてきた。風が強く吹きつけ、視界が少し悪い。月山の姿も風雪に閉ざされていた。
と、前方から鮮やかな黄色をした動物が、しなやかな走りでやってきた。じっと見ていたら、こちらの存在に気づいたらしく、急停止。今度は舞うようにして吹雪の森へと走り去った。全速の足跡を確認したらウサギと同じだったが、ツメ跡がはっきりしている。木登りが巧みなキテンであった。
スキー場のリフトはさすがにまだ埋まっていないものの、そこには厳冬の様相があった。あと500m弱、なんとしても姥のピークに立ちたくて、スキーを機械的に動かす。だれも休まない。もっとも頂上まで真っ白い無木立の大斜面、休みたくなる場所などはない。季節風をヤッケのフードで避けながら、懸命にエッジを効かせた。一度融けて凍ったのだろう、風で飛ばされた雪の下に青い一枚氷が顔を見せていた。
歩き始めて4時間、1000m近く登った。頂上に達したとたん、完全なホワイトアウトに包まれた。天候次第で月山まで、という空頼みの期待はあっさり捨てる。シールを外し、ガリガリの斜面に飛び込む。が、先が見えないためターンは三回ほどで、ストップ。止まっているのか、動いているのか一瞬わからなくなり、気持ちが悪くなってしまった。宇宙酔いというやつだ。スキーは有視界で滑るものだった。
200mほど下ると視界がよくなり、ほっとする。あとは原生林の滑降が待っていた。のんびりと下って行けば、二度ほど驚いたウサギが飛び出し、転げるように逃げていった。冬は冬らしくあれ! 雪山の素晴らしさを改めて知らされたような、仲間とのスキートリップだった。(07年2月中下旬)
*アクセス:仙台宮城IC〜村田JCT〜月山湖IC〜六十里越街道〜志津〜姥ヶ岳
*参考コースタイム:この時期にしてはラッセルが少なかったので、登り4時間、
下り2時間30分。
*2万5千図:本道寺・赤見堂岳・月山・湯殿山
* アドバイス:姥ヶ岳周辺で視界がない場合、ルートファインディングを間違えると四ッ谷川方面に流されることがある。またこの時期は、石跳川は埋まっていない。
* 問い合せ先:西川町役場 0237-74-2111
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