深野稔生の山遊び十二カ月

SlowTrek山便り
 

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Vol.31
禅宗版ダビンチコード? 
モンキーテンプルで、達磨(だるま)大師の末裔に出会う。

ネパール エベレスト街道トレッキングPart?

 

 カトマンズ空港から外に出ると、若者たちがざわざわとやってきて、私たちの荷物を運びはじめた。毎度おなじみのチップ稼ぎで、初めての旅行者はまずこれで異文化に戸惑う仕掛けになっている。

 ワゴン車に乗り込み、砂ぼこりを上げながらホテルを目指す。人通りでごった返す狭い道を、車はクラクション連発で突き進んでゆく。対向車であれ割り込みであれ、ひるんだら負けの構図だ。

 その日はみんなにつきあって市内観光のお供をしたが、スワヤンブナートで面白い人物に出会った。小高い丘の上に巨大なストゥーパ(仏塔)が立ち、野猿が多いのでモンキーテンプルとも呼ばれる仏教寺院である。

 帰り際にHさんが気づいた。達磨大師が、さもない物売りに身をやつしていた(!?)のである。六世紀のはじめ南インドから中国に渡り、面壁坐禅して悟りを得たという達磨。禅宗の祖とされ、私たちが目にする顔はなぜか丸顔に太い眉、ギョロリとした目、ヒゲで共通する。物売りの顔は雰囲気がそのままなので、モデルが確かに存在することを伺わせた。歴史的に踏襲されてきた図像の謎が、解けたのだ。撮影のお礼に20ルピーを払うと、ダルマ君は胸の前に両手を合わせ「ナマステ」とつぶやいた。

 さて、翌日は小型飛行機でルクラへ約40分。今回は山も登った経験のない人がほとんどで、少し心配だった。標高が高いせいか、着いた空港の道には氷が張っていた。

 ロッジでティーをもらい、ゆっくり休んでから出発する。今日の宿泊地のパグディンまでは、青空が小さく見える谷間の道を行く。日の当たる道は薄紫の花ラウレが咲き、結構ポカポカしている。タロコシ川のロッジからは、氷をまとったクスムカングルがとてつもない高みに輝いていた。みんなの体調も上々、短期間ながらヒマラヤの旅姿も板についてきたようだ。

 二日目、ナムチェバザールへの長い登りでバテ気味だったEさん、幸い高度障害ではなさそうだ。宿に入ってから体調をとりもどしたので、ほっとする。宿は、前回と同じミグマ・シェルパ婆ちゃんの家。夕刻、到着とともに霧が村を包みはじめた。

 早朝、タムセルクの神々しいまでの山容が朝日に染まった。好天を約束してくれる光景であった。のんびり歩いたが、ナムチェ村は谷に臨んだ円形劇場のような急な地形にあり、シャンボチェの丘へ登りつめるまでが結構きつい。台地に達してからは、エベレストビューホテルまで、ゆるやかな散歩道となった。

 西の谷間の奥に、見覚えのある山容があった。むかし先輩と二人、エベレスト方面の山を登りに行ったもののシェルパの事故で断念、撤退途中に急きょ転進して登った山だった。企業の寄付に頼り、物量作戦のフィックス・ロープにつながる酸素マスク登山が、醜悪に見えていやだった。そんな私にとって、自分たちの心肺と足で立てた小さい風景が満足だった。

 エベレストビューホテルのベランダでゆっくりティーをいただきながら、みんな飽かず世界最高峰の連なりを見ほれた。見た者をとりこにしてしまう雄大さがあった。我が配偶者も「変人と一緒になったけど、これだけは得した」とかなんとか、意味不明のつぶやきをもらしていた。一度ぐらい、同じ風景を見るのも良いかもしれない。

 今回はみんなが初心者だからこそ慎重にアドバイスを聞いてくれたし、体調をこわさずに済んだ。ありがたいことだった。翌朝の別れに、ミグマ婆ちゃんから旅の無事を祈る黄色い布、カタをかけてもらったら、また来たい気持ちがわいてきた。ネパールは、不思議な魅力を持つ世界なのだった。(06.11〜12初旬 ガイド登山)

*ロイヤル・ネパール航空は、時間が安定しないことが多いので、タイ国際航空を利用。東京からタイの首都バンコクへ飛び、翌日のフライトでネパールへ。

* ネパール国王と「共産党毛沢東主義派」との和解などにより、治安は安定した。

* 1ルピーは、日本円で約1.6円。現地では日本円もドルも使用可能。

* ヒンドゥー教を国教とするが、仏教とは混然と交じり合う。信仰心が厚い国民性を持つ。

* 最終日はネワリー族の民族料理を楽しみながら、現地一流ミュージシャンによるライブで打ち上げをした。

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