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Vol.25
思いのほかの残雪に戸惑いながらも、
風がはこぶ新緑の匂いを一日楽しんだ。
牛形山(1339.8m)〜鷲ヶ森山(1207.5m)縦走 岩手県北上市・西和賀町(旧湯田町)
焼石岳の北方稜線は、あまり登山者の姿を見ない地味な山域だ。ハヤチネ、ナナシグレ、ヒメカミ…これら耳あたりの良い言葉にくらべて、「ウシガタ」などという響きはどこか行ってみたい!と思わせる色合いがないではないか。語感は本質を左右するほど、重要な役割を持っているらしい。
今話題の脳科学者・茂木健一郎風に言えば、登りたい山の価値は名前から感じるクオリア(質感)によって決まる…? となるのだろうか。
8時半を回っていても、夏油温泉の駐車場には車がちらほら。今日も静かな山旅が楽しめそうだ。穏やかな日射しのもとで支度をする身には、この先に立ちはだかる例年より豊かな残雪を、想像できるはずもなかった。
途中、古い林道を突っ切りやっと自然林のなかへ。しっとりとした空気が気持ち良くて、ときどき深呼吸しながら登る。そのうち体がうっすらと汗ばんでくる。湿度がそれほど高くないので、立ち止まればまもなくさわやかな感触がもどる。いい季節のいい天気に恵まれた一日、この得難いチャンスを仲間と登れる幸せを感じる。
「コシャブラ」の新芽が目につく。山菜を知っている人には、この光景がたまらないだろう。陽光に透けた明るい緑が、見上げる頭上を彩っている。視線を落とせば、ミヤマカタバミが泥に乱れた足跡すれすれに広がっていて、足を置くのが申し訳ないよう。
1000m付近の急斜面に出た。東面のせいか、残雪でびっしり埋まっている。100mに満たない高差だが、見たところ登山道が山稜上のどこにつながっているのか、分からない。右へ左へと分かれて、偵察を繰り返す。そのうち、左上方で呼ぶN氏の声がした。どうやらルートが見つかったようだ。
さらに100mほど夏道をひろって登り、頂上から北東に伸びる尾根上に達した。カタクリの群落を過ぎていよいよ北面のトラバースへとさしかかるころ、ストックを持った単独の先行者とすれ違った。雪渓があったので引き返したとのこと。慣れていない人にとっては、それが正解だろうとうなずく。
なるほど戻りたくなるのも、分かる気がする。急な雪渓が私たちの眼前に広がっていた。ここを突っ切るのはいいけれど、帰りは下りのトラバースとなる。私たちも丸腰、でも計画は縦走なので行くしかない。幸い雪はそれほど硬くなく、ローカットの靴で問題はなさそうだ。女性たちはそこらでひろった棒きれをお守りにして、後に続く。この程度の斜面、スキーなら物足りないくらいなのだが。
雪渓は北面の、頂上へ通じる最後の登りにも待っていた。雪上で吹き渡る風を感じて振り返れば、遮るもののない視界に、白子森がひときわ大きなとんがりを見せていた。新緑とミネザクラをくぐってたどり着いた頂上には、だれもいなかった。まだたっぷりの雪をちりばめている焼石岳、経塚山、南本内岳の山々がぐるりとひしめく。牛形山は知る人ぞ知る素晴らしいビューポイントの山だった。
雪渓を駈け下り、縦走路へ入る。歩く人は多くないと見えて不明瞭ところがあり、切り開かれた当時の様子が残っている感じがする。そんななかに、キクザキイチゲが咲き続く。風通しの良い稜線出ると、シラネアオイが次から次へと群落をなし、私たちの目を奪った。花々の、人に慣れ合っていないたくましい生命力はどうだ。
白子森の山頂には地蔵様が二体、奉納されていた。「雄ん坊地蔵」と呼ばれるらしく、先の大戦に出征した個人の霊を慰めるために建立されたもののようだ。
鷲ヶ森山に立ち、その後、地をはうように縦走路をふさぐイチイの大木をくぐり抜け、丸子峠へ。ところが938の基準点から下るはずの道が見あたらない。50mほど北側のひと山越えたところに見つけ、下ることができた。2万5千の地形図に示された道記号はとんでもなく間違っていた。本当の丸子峠は、一体どこ? 疑問を抱えつつ、一面の残雪と新芽に輝く森をあとにしたのだった。(06年06月初旬・ガイド登山)
* アクセス 仙台宮城IC〜水沢IC〜夏油温泉
* 参考コースタイム 登山口(3:30)牛形山(1:00)白子森(0:35)鷲ヶ森(0:40)丸子峠(0:40)登山口
* 2万5千図 夏油温泉・三界山
* アドバイス 牛形山の北面は6月下旬頃までは残雪に注意。
夏油…げとう(ルビ) 雄ん坊地蔵…ゆんぼう
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