深野稔生の山遊び十二カ月

SlowTrek山便り
 

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Vol.21
体感温度マイナス31.7℃!
小田越を吹き抜ける季節風がフリーズドライの世界をつくった

岩手県花巻市 薬師岳(早池峰山域)1644.9m 

 

 仙台を発ってから4時間近くかけて、岳集落に着いた。昨年、鶏頭山縦走の折に泊まった宿坊「大和坊」を左に見て行くと、まもなく除雪は尽きた。早池峰神楽でにぎわった神社も、今は雪の中でひっそりしている。車は、除雪車が操車する空き地に置かせてもらうことにする。

 まだ2月だし、今年の20年ぶりの寒さもあってか、入山者は少ない。私たちのほか、写真を撮りに来た日帰りの1名と、釜石方面からの3 名だけである。

 坦々とした林道を、シールスキーで行く。風がなく、いくぶん陽も射している。北日本の上空には強い寒気が流れ込むので、日本海側では今日も吹雪くだろう。早池峰山域は太平洋側にあって異例に高い山だが、少しはましなはず。この二日間穏やかであって欲しい、と祈るような気持ちでスキーを進める。

 途中、車では気づかなかった祠を、道端に見つけた。桜らしい太い樹の傍ら、流れ造りの屋根を押しつぶすように雪が積っている。半開きの戸から覗くと、帳の奥に木彫の地蔵様が安置してあった。ほのかな明るさのもとで拝む円空風の微笑みが、なかなかよろしい。

 「笛貫ノ滝」の小さな標識を過ぎ、なおもラッセルに専念する。愚直に歩くしかないと観念しながらも、飽き飽きしてしまう。冬の林道歩きは変化に乏しいのだ。そしてついに、うすゆき荘から先は私たちだけになってしまった。

 河原の坊登山口一帯は、夏の喧噪とは別世界の空気が張りつめている。ノウサギの足跡や、それを追うかのようなキツネの、効率の良さそうな一直線の足跡。冬ならではの、暗黙のドラマを想像してみる。

 小田越に近づいたのだろう、風が強くなって、あたりの樹々は霧氷に彩られてきた。同時に、一段と寒さを感じて来た。ダケカンバが、狂おしいしいばかりに枝を広げ、氷をまとって踏ん張っている。

 峠を越えたが、面倒なのでシールのまま小屋まで滑る。小田越山荘の扉は見た目とは違って、簡単に開いた。柱が太く、なかなか立派なつくりである。雨戸を開け、中にエスパースを張る。3時近いから、誰もこれから薬師岳へとは言わない。

 気温を測ってみると、はじめはマイナス7℃、のちにマイナス10℃で落ち着いた。そんななかでもシャーベット化したビールがうまい。風がなければ、このくらいの気温でもあんがい快適なのだ。で、シュラフの中も暖かかく気持ちがよかった。

 翌朝、小屋を出てみると意外に明るい。このぶんだと、早池峰登頂も可能だろう…。ところが峠に出たとたん、冷たい風が私たちを襲ってきた。首から下げたSILVA製の温度計は、早くもマイナス20℃を指している。早池峰方面へ、逃げ込む感じでオオシラビソの森に入る。

 入り組んだ狭い樹の間を縫って、上方を目指す。標高1400mあたりの森林限界を過ぎて、烈風吹きすさぶホワイトアウトの世界に突入した。異様な寒さに温度計を見ると、なんと体感温度マイナス31.7℃。吹きさらしの中、アイゼンをつけるどころではない。風は怖い。リーダーのK君、ついに「今日は退却しましょう!」と宣言した。

 このままでは引き下がれず、いったん峠に降りて向かい側の薬師岳に登ることにした。樹林の深い山であり、標高もずっと低い。頂上付近はシュカブラ帯で風が強かったものの、せいぜいマイナス23℃。やがてガスがどんどん晴れ、早池峰山が冬姿を見せてくれたのも幸運だった。パウダーも気持ちよく、憂さを晴らすに充分だった。

 あとで知ったのだが、河原の坊からとりついたO君たちは、おびえるほどの寒気や風の強さは感じなかったという。私たちは、二つの山に挟まれた峠によって加速する風に、すっかり翻弄された格好であった。(06年2月中旬)

岳…だけ 祠…ほこら 帳…とばり 小田越…おだごえ ←ルビ

* アクセス:仙台宮城IC〜紫波IC〜25号線〜早池峰ダム〜岳

* 参考コースタイム:岳(約5時間)小田越山荘(2時間)薬師岳

* 2万5千図:早池峰山・高桧山

* アドバイス:早池峰山域は、東北でも最も寒い地域のひとつなので、悪天時は特に注意したい。

* 問合せ先:岩手県花巻市大迫町大迫2-51-4大迫総合支所生活環境課Tel.0198-48-2111

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