メニューにもどる
Vol.18
古猫の棲むという霊山の急斜面を攀じ登り、
あっけらかんとした明るい頂上に立った。
志津倉山しずくらやま 1234.3m 福島県三島町・柳津町・昭和村
長いバス旅行の果てといった感じで、案内板のある登山口に着く。仙台から会津若松、柳津町を経て、ひと昔前なら考えられなかった距離の日帰り山行だ。しかも温泉にまで浸かって行こうというのだから、贅沢かもしれない。
途中、三島町の「道の駅・尾瀬街道みしま宿」に立ち寄ったら、桐の産地とみえて立派な桐タンスが地場産品と一緒に展示されていた。値札にはひと棹百八十万円(!)とあった。
「仙台に来たら、いくらになるのかしら?」
「五割り増しぐらいには…なるんじゃないの」
以前、産地のワイナリーで新酒を買ったが、同じラベルが仙台では安くなっていて、腑に落ちなかった記憶がある。商戦の厳しい都市なら、タンスも案外その例にもれないかも、と多少いじわるな結論となった。
はじめは沢の左岸のぬかるんだ道を行く。いつ来ても明るさのないコースだが、伝説の生まれた山ならではと言えそうだ。「アンメータンメー、タンサクヤーイ、水たんもれ竜宮やーい」…昔々雨乞いの農民たちは、さぞかし心細い面持ちでここにかよったのだろう。
右岸に渡ってすぐ、誰かが枯れたブナの幹にキノコ群を発見した。なんと、立派なムキタケだ。くせのない温和な味で、山間地方では代表的な食菌として知られている。けんちん汁や野菜炒め、煮物などには最高に合う。時々毒菌のツキヨタケが混じる場合もあるが、今の季節なら大丈夫のようだ。
右手上方に、雨乞い岩が現れた。今しがた太陽が背後から差し込もうとしているため、よけい凄惨な壁に見えた。雪崩に磨き込まれたスラブ(一枚岩)が、幾条もの水を這わせて陽光に輝く。昔の人々は、このような光景を畏れ崇めたのか。
人間は水がなければ、生きてゆけない。昔から沢や滝は大切にされてきた。とくに湧水は「清水(しず)」と呼ばれて神聖視されてきた。ここでは岩肌から清水が染み出すように見えている。倉・クラは急峻な岩や断崖を指すので、志津倉山のもとをたどれば「清水倉山」となるのである。
沢を渡り返すと、いよいよシャクナゲ坂のはじまり。ざっと二百五十メートルの大半がやせ尾根で、息もつかせぬ急登である。三本松へ登り詰めるところで一カ所植生が崩落したらしく、岩がむき出しになっている。木の根を頼りに、この時ばかりはみんなおしゃべりなしの真面目な顔で登ってくる。右側の足下には屏風岩がスッパリと切れ落ちていた。
「人喰いのカシャ猫も昼寝かなぁ」
対岸の山腹にこじんまりと見えるのは猫啼岩らしい。秋の日をうけて白々と、とても恐ろしい伝説を生んだような岩には見えなかった。
「さすが寄る年なみには勝てないさぁ」
緊張した登りが終われば、さっそくたわいのない会話が続く。
稜線手前から、やっぱり雪道となった。そういえば、昨日の夕刊には「東北南部の上空に氷点下二四度の寒気が流れ込み…」と、泉ケ岳の初冠雪の写真が載っていた。気がつくと、何を隠そう私の足ごしらえはローカットシューズ。山をなめてはいけない、トホホ。
雪の山稜はそれでも平坦で歩きやすく、苦労もなく明るい最高点に達した。頂上から北側遠く、飯豊らしき山並みが雲をかぶっていた。南西方面には会津朝日、その先に燧ケ岳らしき山容がはっきりと見てとれた。1234メートルという並びのいい数字が白い標柱に記されただけの、あっけらかんとした頂上だった。
下山は糸滝コースをとったが、「細ヒド」地点のかなり上部から雪がなくなっていて助かった。ショートスパッツでも威力は大きく、足の濡れも気にならない軽やかな足取りの山行だった。下部の深いブナ林が、とても印象に残った。(05.11月中旬・ガイド登山)
*アクセス:仙台宮城IC〜会津坂下IC〜252号線〜三島町〜
*参考コースタイム:登山口(30分)シャクナゲ坂(1時間)三本松(45分)山頂(1時間30分)
* 2万5千図:野尻・博士山
*アドバイス:頂上稜線から細ヒドあたりまでの下りに、一部鉄梯子が設置されており、滑りやすいので注意。温泉は「宮下温泉桐の里倶楽部」420円
注:カシャ猫…大辺山(志津倉山)に棲みついた頭猫、化け猫の大ボス。
メニューにもどる
|