深野稔生の山遊び十二カ月

SlowTrek山便り
 

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Vol.16
山全体が霧につつまれていた。
大木林の奥に、山の主は待っていた。

秋田県田沢湖町 小影山(雨岳) こかげやま 557.9m

 

  小影山のどこかに日本有数のブナの巨木があると言われだしたのは、それほど昔ではない。日本で二番目に太いらしい。日本一(8.6m)はと言うと、その後に見つかったもので、小影山から直線距離で1.5キロ東、抱返り渓谷の左岸を形成する白岩岳の尾根上にある(写真参照)。

 和賀岳、朝日岳、南の真昼岳…。岩手・秋田にまたがるこれら和賀山塊こそ、白神山地をしのぐ原生林の山岳地帯だ。地形が厳しかったこと、そして保護運動が高まったことも合わせて伐採のための林道や砂防ダムなどの開発が遅れ、多様な樹木の共生する山々が残った。

 仙台から高速で盛岡ICへ。仙岩トンネルをぬけると、期待に反して日本海側の山並みは深いガス。台風17号の影響なのか、前線が北に上がって秋田あたりを通過しているようだ。今年の9月は、よくよく天候に恵まれない。

 キリション(霧の小便)の中、抱返り渓谷の駐車場に着く。霧がさかんに山ひだを巡り、明るくなりながら晴れそうにない。やむなくカッパ着用での出発となる。

 安全祈願にと、まず抱返神社へお参りする。開かれた社殿には、大きな扇子や五色の幣帛(みてぐら)が奉納されてあった。龍を浮き彫りした神額もあった。龍といえば水の神で、穴堰を掘って開田したとき大和の丹生川上神社を勧請したのが、抱返り神社のはじまりなのだ。

 ふたつあるコースのうち、今回は送電線の管理道をとらず、左の尾根に開かれた道を登る。はじめから急登で、滑りやすい。雨で濡れているのでなおさらだ。右下方、発電施設のために地盤を固めた擁壁が口を開けているのも、みんなの緊張を誘う。こういうときは腰を引かずに上体を立て、地面に立ち込むのが要領、と注意する。擁するるほど登っていったん傾斜が緩んだのでなんとなく明るいが、る 

 おまけにあまり人が入っていないらしく、細い薮がかぶっている。以前来た時にこんなことはなかった。若い二次林の道は、あっというまに薮に埋もれるから、いずれまた人の訪れの少ない山になるかもしれない。2万5千図には登山道記号などないし、標識さえもない山だから、それもいいか…。

 200メートルほど登っていったん傾斜が緩み、小休止をとる。雨はすでにやんでいるものの、傘で通した私は二の腕まで濡れていた。

 頂上稜線に出たら樹林が高くなり、紅いベニタケ、黄色いホウキ、白いドクツルタケなどが林床に明るく散らばっていた。Sさんが「キノコのお花畑みたい」と言うのをふと聞いた。女性らしい喩えが言い得て妙で、うっとうしい中に救われた思いがした。

 送電線の下をくぐり、そこから本来の樹相の林に入った。左側に門衛のように立派なブナが立っており、その下で昼食とする。仙台7時発で登山口に着いたときには11時、お腹も空くはずだ。

 頂上三角点は、しっかりした道から東へはずれたヤブのなかに、ひっそりとあった。そこからさらに、ともすれば見失いそうな踏み跡をたどる。みごとなミズナラやクリ、トチ、クロベが次々と現れる。深い森のなかで、どれもが王者の風格を持っていた。

 原生林に迷ったような錯覚を覚えるころ、ついにブナの大木に出会った。胸高周囲8.4m、ブナは寿命が300年くらいと言われるので、これほど太くなるのは珍しい。鳥海山の「あがりこ大王」が7.6mと言われるから、その凄さがうかがえる。踏圧を心配しながらも、ついそばに寄りたくなる興奮を覚えた。

 下山ルートは、やはり森の中の管理道だ。天然林を貫くゆったりした道を、途中右へ迷い込みそうな分岐に注意しながら、神代ダムへ。自然倒木が何度も道をふさいでいた。最後の杉林の急なジグザグ道を下るにつれて、コバルトブルーの湖面が見えてきた。なぜかホッとする一瞬だった。

 なお、「抱返り」とは変わった地名である。「抱き」には古くタギタギし、タギるなどの用例があり、狭く険しい難路や谷を指した。抱返り渓谷はまさにそのような渓谷なので、地名としてうなずける。福島県檜枝岐村には、同名の滝がある。(05.9月下旬・ガイド登山)

*アクセス:仙台宮城IC〜盛岡IC〜46号線〜仙岩トンネル〜角館街道〜抱返り渓谷

*参考コースタイム:抱返り駐車場(1時間40分)小影山頂上(15分)ブナ(15分)

 小影山頂上(1時間40分)

* 2万5千図:抱返り渓谷

* アドバイス:地形図にコース記号がなく、現地にも標識などは全くない。

たざわこ芸術村 温泉ゆぽぽ(田沢湖町)Tel.0187-44-3333

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