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Vol.15
地上が暗くなる一瞬、天空に広がる雲が茜色に激しく染まった
北ア・燕岳から槍ケ岳縦走(表銀座コース) 長野県南安曇郡穂高町
北アを代表する、人気コースを歩いてきた。誰が名付けたのか、「表銀座」などという愛称に誘われてしまうが、実質2泊3日にわたる、標高の高い長大な山脈の縦走。完備された営業小屋がなかったら、そうそう実行できる行程ではない。
仙台から豊科ICへ。途中、穂高神社にお参りしてから中房温泉へ向かう。中房温泉は燕岳へ登る、縦走コースの起点である。源泉の宿であり、登山以外のお客も多い。館内外至るところに、掛け流しの温泉があった。翌朝の慌ただしい出発支度をよそに湯あみした「不老泉」は、心地よかった。
初日は北ア三大急登のひとつに数えられる、高差1300mの登り。蒸し暑く、ゆっくり歩いているつもりでも汗が吹き出してくる。案の定、脱塩による足の痙攣を訴えるメンバーが出た。汗かきの人は要注意だ。応急措置を施して持ち直したが、先のことを思うと本人はさぞかし不安だったに違いない。
降りてくる何パーティーかとすれ違った。台風直撃の予報を知って、縦走を中止したという。私たちも念頭に入れつつ行動しなければなるまい。
稜線上の燕山荘に着いた。晴れていれば、槍ケ岳を遠望できるはずだが…。ベンチでゆっくり休憩している間に、燕岳が姿を現した。ガスがめまぐるしく動き、思わぬ方向に雄大な山影を見せてくれる。
花崗岩の稜線は、アップダウンがあまりないかわりに長い。そこを黙々と歩くメンバーは、遠くから見るとまるで回峰の行者のようだ。皆、砂礫地を埋めるコマクサなどに慰めを見つけながら歩く。
大天井岳への登りとなる基部に、喜作新道を開削した小林喜作のレリーフを見た。長男と二人だけで、1920年(大正9)完成させたとのこと。私たちは有り難く歩かせてもらうだけである。
大天井ヒュッテに着いたのが、4時過ぎ。ほぼ予定どおりで、ホッとする。5時の夕食のあと、小屋の主人小池さんが「この春以来の夕焼けが見られるかもしれませんよ」という。さっそく牛首展望台ピークヘ、何人かで同行させてもらった。
縦走路からはずれた2766Pへ、高差100mほど登った。深い谷間を雲海が埋め、影絵のように山なみが頭を出していた。北方には端正な針ノ木岳、立山連峰、その向こうに剣、右には爺、鹿島槍、おそらくこの夏登った白馬までもが遠望された。圧巻は北鎌尾根と、その稜線が収斂する果てに高まる槍。ガスが炎となって穂先を真っ赤に燃やし、ついに白熱するありさまを見ることができたのは感動だった。さらに、完全に日が落ちる瞬間、上空に広がる高積雲が激しく茜色に染まった。
風雨の予想に反して、二日目も小雨と一時日が射すほどの天候だ。雨に入ったときは、傘を出してしのぐ程度。遠望もきかないが、贅沢は言えない。ライチョウに3回も出会えたからだ。地上生活の彼らは、天候の悪い日に活動することが多い。
西岳から、険しい東鎌尾根に取り付く。といっても難しそうなところはハシゴなど、徹底した整備がされていた。ゆっくり行動すれば、問題となるところはなかった。
ヒュッテ大槍あたりから、細かく激しい雨となり、やっぱり台風なのかと観念。だが、まもなく雨は小やみになる。槍岳山荘で宿泊手続きを済ませ、穂先に登る頃には視界も出たり、ブロッケンも見られた。岩場には、観光客みたいな登山者がたくさん取り付いていた。
夜、天候が心配で表に出てみたら、南の地平線から槍の穂先へ向かって延びる「Milky Way」に驚く。寝ぼけ頭で夢でも見ているような星空だった。ついさきほどまでCSTVで風雲急を告げていた台風は、いったいどこへ?
最終日は視界が悪いまま、長い下りとなった。上高地で聞くと気になる台風は北東に進路を変えて、むしろ仙台地方に大雨をもたらしたらしい。上陸の情報にヒヤヒヤしながらも、幸運に助けられての完走だった。(05.8月中下旬・ガイド登山)
*アクセス:仙台(高速道)豊科IC〜穂高町〜中房温泉〜燕山荘〜大天井ヒュッテ〜ヒュッテ西岳〜水俣乗越〜槍岳山荘(槍ケ岳)〜上高地
* 2万5千図:有明・槍ケ岳・信濃小倉・穂高岳
* アドバイス:高度障害、熱中症に注意。水分調整とゆっくり歩くのがこつ。
* 中房温泉090-8771-4000 大天井ヒュッテ090-1401-7884 槍岳山荘090-2641-1911
中房なかぶさ 燕岳つばくろ 燕山荘えんざんそう 大天井おてんしょう 爺じい
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